「ただいま!」

「……おう」

俺は居間でテレビを見ながら帰ってきた奏(カナデ)に返事をする。
カナデは俺の座っているソファに持っていた鞄を置きながら、

「響(ヒビキ)、今日は部活どうだった?怪我しなかった?」

と聞いてきた。
俺は少しの間カナデの目を見つめた後、

「……心配するな。それより後で話があるから俺の部屋に来て。」

と告げる。
一瞬驚きと戸惑いをその瞳に浮かべた後、それを打ち消すかのように

「え?何?ヒビキが俺に話なんて珍しいな〜。」

と微笑を浮かべて言いながら、
夕飯の支度をしているお袋の所に行ってしまった。


俺とカナデは一卵性の双子。
なのでもちろん顔は同じなのだが、パッと見は全然違う。
身長は同じ178センチでありながら、空手一筋で体を鍛えてきた俺と違い、 カナデはとても華奢だ。
スポーツが苦手なわけではないが、
基本的に本を読んだりしている方が好きらしい。
栗色に染めた少し長めの髪も、真っ黒な短髪の俺とは違う所だ。
小さい頃は髪型も服装もほとんど同じだった俺達だが、
昨年、数年ぶりに再会した時は本当に双子か?と
俺が疑ったぐらい別人になっていた。

俺達は小学3年から中学3年まで別々に暮らしている。
両親が一度離婚したからだ。
原因は親父の浮気らしいが、大人の事情なんて関係ないし、
わかってやるつもりもなかった。
ただ、生まれながらに分身と思っていたカナデと
離れるなんて考えられなかった俺は、当時思いつく限りの
抵抗をした。
だが、当然の事ながら幼い子供の要求など聞いてはもらえない。
それでも抵抗を続けようとした俺が諦めた理由。
それはカナデが全く抵抗せず、

「俺は母さんについていくからヒビキは父さんを支えてあげて。
 そしてまた必ずみんなで一緒に暮らそう?」

と言ったから。
今にも泣きそうな顔で、それでも兄として俺を説得しなければ、
と懸命なカナデを見て俺は抵抗をやめた。
そのまま俺は親父に引き取られ、カナデはお袋に引き取られた。
元々人と話すのが苦手だった俺は、いつもカナデの後ろに
隠れていた。
カナデは俺と反対に、いつも人の輪の中心にいた。
だから、カナデが俺をいつもうまく人の輪に入らせてくれていたのだ。
そんなカナデがいなくなってから俺はさらに無口になり、
習い始めた空手に黙々と打ち込んだ。
もちろん親父も心配してカウンセリングを受けさせようとしたが、
俺が絶対嫌だと言い張ったので、結局そのままだった。

親父達が離婚してから去年再婚が決まるまでの6年間、
俺達双子は一度も会う事がなかった。
一度会ってしまったら、又離れる時がつらすぎる。
だからカナデやお袋に会いたいと親父に言った事は一度もない。
幸いな事に、親父からそういう話を持ち出された事もなかった。
でも別れ際の、目に涙をいっぱい浮かべていたカナデの顔が
忘れられなかった。

「ヒビキ、ご飯だよ〜。今日は俺達の好きな親子丼だって。
 早く食べよ?」

ボーっと物思いに耽っていた俺の顔を、いつの間にかカナデが
覗き込んでいた。

「どうしたの?ここ2、3日機嫌悪いみたいだけど、
 何か悩みでもあるの?」

ちょっと心配そうに聞くカナデに、別に、と一言告げ食卓に座る。
俺の愛想が悪いのはいつもの事。
だから誰も気がついていないと思ったのに、
カナデは俺の機嫌が悪い事に気がついていた。
双子だからか?
まぁ確かに俺は一昨日から機嫌が悪い。
だからその原因であるカナデに、後で話をしようと思ってるのだ。
カナデはチラッと俺を伺うように見たものの、
お袋の手前何事もなかったように俺の隣に座った。

「明日からお父さんの所だから、今日は貴方達の好きなものに
 したのよ〜♪」

向かいに座って嬉しそうに話すのは母の真澄。
父の和臣は現在単身赴任をしているので、毎週末にお袋が
親父の元へ行く。
土日は仕事が休みではない為、家に帰れないからだ。
あの離婚劇はなんだったのかと思うほど、
現在はラブラブ全開のバカップルぶりを発揮している。
まぁ再婚してまだ1年だし、こんなものなのかもしれないが。
俺達の事は放っておいて夫婦で一緒に住めば良いのに、と
言ったのだが、せっかくヒビキとまた一緒に暮らせるように
なったんだから、と譲らない。

「今度は父さんいつ帰ってくるの?」

カナデが聞く。

「そうねぇ、再来週の火曜日ぐらいかしら。
 今仕事忙しいみたいだし。
 でも今度の月曜日は休みだから、
 ドライブに連れて行ってくれるんですって♪
 貴方達はまた別の機会になっちゃうけどね〜。」

……別に高校生にもなって親とドライブなんかしたいわけがない。
俺は黙々と親子丼をかきこみ続けた。

「そっか〜。今回は3連休だもんね。
 俺達の事は気にしないで母さんもゆっくりしておいでよ。」

カナデはニコニコと笑いながらお袋の話を聞いている。

カナデとお袋はとても性格が似ている。
何となくのほほんとしていて、一緒にいるだけで場が和むような存在。
だから二人とも男女問わず友人がとても多い。
それに比べて俺と親父は無口。
2人で暮らしていた時はほとんど会話がなかった。
お互いこういう性格なのでそれを苦だと思った事は一度もないが。
でも又一緒に暮らすようになって
今まで静かだった家が昔のように賑やかになった。
お袋とカナデがよく喋るからだが、俺はこの雰囲気が好きだと思った。
離婚によって傷付いたのは確かだし、苦しかった事も沢山ある。
でも、この明るい雰囲気を取り戻せたというだけで
それも全て水に流せるぐらい今の俺は幸せだと思う。
幸せだと思うのに……